最高裁判所第一小法廷 昭和60年(行ツ)63号 判決 1988年12月01日
神戸市東灘区本山北町六丁目一七番二四号
上告人
田中俊一郎
同所同番同号
上告人
田中清野
右両名訴訟代理人弁護士
中山俊治
兵庫県芦屋市公光町六番二号
被上告人
芦屋税務署長
古川裕
右指定代理人
立花宣男
右当事者間の大阪高等裁判所昭和五八年(行コ)第五七号更正並びに過少申告加算税賦課決定取消請求事件について、同裁判所が昭和五九年一一月一三日言渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人中山俊治の上告理由について
所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に基づき原判決を論難するものであつて、いずれも採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 四ツ谷巖 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 佐藤哲郎 裁判官 大堀誠一)
(昭和六〇年(行ツ)第六三号 上告人 田中俊一郎 外一名)
上告代理人中山俊治の上告理由
(上告理由第一点)
原判決には、国税通則法一五条二項四号、相続税法三条の二の解釈適用を誤った違法があり、この違法は判決の結果に影響を及ぼすことが明らかである。
一 原判決の法律の解釈ならびに適用について
原判決(その訂正、引用する第一審判決を含む。以下同じ)は、特別縁故者の財産分与による財産の取得が、相続税法三条の二において「遺贈により取得したものとみなす」と規定されている点について、その趣旨が財産分与による財産の取得時期についてまでも遺贈と同様相続開始時と解し、その課税についても相続開始時に施行されていた相続税法が適用されると解すべきものと判示し、その根拠として、おおよそ次の点を挙げている。
(1) 相続税法三条の二は同法三条のいわゆるみなし遺贈の場合とその実質的効果を同じくするものとして新設されたもので、財産分与は同法三条の二により、遺贈による取得と擬制されたことによって、同法三条の場合と同様、遺贈と同一に取り扱われることになった(第一審判決一九丁裏五行目から同一〇行目)。
(2) 国税通則法一五条二項四号によれば、相続税の納税義務は、相続又は遺贈による財産の取得の時に成立するところ、相続は被相続人又は遺言者の死亡の時に効力を生じ、財産分与による財産の取得は相続税法三条の二の擬制により相続税法上は遺贈と同一に取り扱われるから、財産分与による財産の取得時期は、民法上の取得時期いかんにかかわらず、相続税法上は遺贈の場合と同様相続開始時と解すべきであり、その課税については、この時に施行されていた相続税法が適用されるべきである(第一審判決一九丁裏一一行目から同二〇行目)。
(3) 相続税法は、遺産分割を仮装した租税回避又は脱税を防止するとともに、相続人間の税負担の公平を期するために、民法上の法定相続人が、法定相続分にしたがって遺産を分割取得したものと仮定して相続税の総額を計算し、この相続税の総額を、実際に遺産を取得したものが、その取得分に応じて納付するという法定相続分課税方式による遺産取得税方式を採用しているものであり、このような課税方式を採用していること自体が、すべての相続税納税義務者について、相続開始時を基準とした課税を行うことを予定しているものということができる((第一審判決二一丁表九行目から同丁裏四行目)。
二 右解釈ならびに適用の誤りについて
(1) ところで、そもそも租税債権は租税法の定める一定要件を具備したときにはじめて成立し、かような租税債権の成立のために必要な要件が課税要件と呼ばれるもの(納税義務者について、課税物件の内容及びその帰属関係が明らかになり、課税標準が決まり、それに税率が与えられれば、その納税義務者の納付すべき税額が得られるから、この意味において、通常、納税義務者、課税物件、帰属、課税標準及び税率の五つを課税要件と呼んでいる)であり、租税債権は、法律の定める課税要件が充足されることによってはじめて法律上当然に成立し、これに対応して、相手方の納税義務も成立するのである―有斐閣法律学全集、租税法一六一頁以下―。
従って、課税要件の充足がなければ、そもそも租税債権(納税義務)の成立も有りえず、特別縁故者の財産分与による財産取得の場合は、家庭裁判所の分与審判の確定時に初めて納税義務者、課税物件が成立するに至るのであり、その課税物件が特定の納税義務者に帰属するのも右分与審判の確定時であることは明らかであるから、その課税要件の充足時も右分与審判の確定時であることは明らかである。
国税通則法一五条二項は、相続税の租税債権(納税義務)の成立時期を「相続又は遺贈(贈与者の死亡により効力を生ずる贈与も含む)による財産の取得の時」と規定しているが、この規定によりその成立時期を一律に相続開始時(死亡時)と解したのでは、特別縁故者の財産分与による財産取得の場合には、その課税要件の充足時は分与審判の確定時で、常に相続開始時より後のことであるから、未だ課税要件が充足されていない時点であるにもかかわらず、その時点で租税債権(納税義務)の成立だけを認めることとなり、それ自身論理矛盾を犯している。
従って、特別縁故者の財産分与による財産取得の場合には、国税通則法の右規定は、その租税債権(納税義務)の成立時期を「財産の取得の時」すなわち分与審判の確定時と解すべきであり、右規定の法文の表現も敢えて「相続開始の時」又は「死亡の時」としていないことからも右のように解すべきが当然である。
このように、特別縁故者の財産分与による財産取得の場合には、家庭裁判所の分与審判の確定時に課税要件が充足され、租税債権(納税義務)もこの時に成立するのであるから、租税の賦課処分は課税要件の完成時に施行されている法令に基づいてなされるのが当然で(昭和二五年四月二六日新潟地判・昭和二五年(行)五号、行裁例集一巻三号四四五頁)、課税要件の充足時たる分与審判の確定時に施行されている相続税法が適用されるべきことは極めて明らかなことである。
(2) なお、私法上の財産取得時期と相続税法上の財産取得時期の関係について、停止条件付遺贈の場合、相続税基本通達が次のとおり定めている。
「一・一の共-八 次に掲げる停止条件付遺贈又は贈与による財産取得の時期は、一・一の共-七にかかわらず、次に掲げる区分に応じ、それぞれ次によるものとする。
一 停止条件付の遺贈でその条件が遺言者の死亡後に成就するものである場合 その条件が成就した時
二 停止条件付の贈与である場合 その条件が成就した時 」
相続税法は、財産の取得の時期がいつであるかについては何らの明文規定を置いていないが、相続税又は贈与税の課税においては、相続、遺贈又は贈与による財産取得の時期が、納税義務の成立の時期となる(国税通則法一五条二項四号、五号)ほか、無制限納税義務者であるか制限納税義務者であるかの区別をする場合(相続税法一条、一条の二)にも必要となるので、基本通達が財産の取得の時期についての取扱いを定めているのであり、基本通達が右のように停止条件付遺贈の場合の財産の取得時期を相続開始時ではなく、条件成就の時と定めているのは、民法が遺言に停止条件を付した場合において、その条件が遺言者の死亡後に成就したときは、遺言は条件の成就したときからその効力を生ずると規定していること(民法九八五条二項)から、右民法の規定に合わせて相続税法上においても財産の取得時期(納税義務の成立時)を条件成就の時と定めているものにほかならない。
従って、停止条件付遺贈の場合は、相続税法上は何の例外規定もないにもかかわらず、通達自身で私法上の効力発生の時期と合わせてその財産の取得時期(納税義務の成立時)を条件成就の時と定めているのであるから、本件のような分与審判の確定時に財産を取得することが明らかな財産分与による財産取得の場合も、右と同様私法上の効力の発生時期と合わせてその財産の取得時期(納税義務の成立時)を分与審判の確定時と解すべきは当然のことである。
この点につき、原判決も「停止条件付遺贈でその条件が遺贈者の死亡後に成就するものについては、私法上及び税法上その条件が成就した時をもって受遺者の財産取得時と解するのが相当であ」り、「停止条件成就による納税義務の成立時は、国税通則法一五条二項四号により右財産取得時(右条件成就時)である」(第二審判決六丁表四行目から同一一行目)旨判示しているが、財産分与による財産取得の場合もこれと同一に解しなければならないことは当然である。
(3) このように財産分与による財産の取得時期は相続税法上においても分与審判の確定時と解されるから、これが課税については、分与審判の確定時の価格により(この点は相続税法上も明定されている)、同時点で施行されている相続税法が適用されるべきは理の当然である。
(4) これに対し、原判決は、前記のとおり、「相続税法は、遺産分割を仮装した租税回避又は脱税を防止するとともに、相続人間の税負担の公平を期するために、民法上の法定相続人が、法定相続分にしたがって遺産を分割取得したものと仮定して相続税の総額を計算し、この相続税の総額を、実際に遺産を取得した者が、その取得分に応じて納付するという法定相続分課税方式による遺産取得税方式を採用しているのであり、このような課税方式を採用していること自体が、すべての相続税納税義務者について、相続開始時を基準とした課税を行うことを予定しているものということができる」旨判示している(第一審判決二一丁表九行目から同丁裏五行目)。
しかしながら、現行の相続税法は昭和二五年のシャウプ勧告による改正以来、被相続人の遺産に対して課税する遺産税方式を採用しておらず、遺産取得者の財産取得による担税力に見合って課税する遺産取得税方式を採用しているのであり、それゆえにこそ財産分与による財産取得の場合には、分与審判の確定時に財産を取得するのであるから、その取得時たる分与審判の確定時における価格を基準とした相続税課税を行っているのである。
このような財産分与による財産取得に対し、その担税力ある事実が実現した時点で施行されている相続税法を適用せず、遡って、担税力の実現とは何の関係もない時点で施行されている相続税法を適用したのでは、担税力に見合って課税を行うとの遺産取得課税方式の根本原則を真向から否定することにならざるをえず、現行相続税法がかかる立場をとっているとはとうてい解することはできない(財産分与による財産取得の場合、課税価格の点が相続開始時の価格によるものであれば、相続開始時に施行されている相続税法が適用されるとする立場もありえようが、前記のとおり、相続税法は遺産取得課税方式に忠実に課税価格の点は財産の取得時たる分与審判の確定時の価格によると明示している)。
なるほど現行相続税法は昭和三三年の改正以来、税額の計算については、法定相続人が法定相続分にしたがって遺産を分割取得したものと仮定して相続税の総額を計算し、その相続税額の総額を、実際に遺産を取得した者がその相続分に応じて納付するとの法定相続分課税方式による遺産取得課税方式を採用している(なお、昭和三三年改正は遺産について仮装分割が行われ、相続税の公平を維持することが困難になったことから右のような法定相続分課税方式による遺産取得課税方式を採用したものであるが、財産分与による財産の取得が行われる場合には、仮装分割の行われる懸念自体がないのであり、右改正ももとより財産取得時の担税力に照応した課税を行うとの遺産取得課税方式の大原則を放棄したり、変更したものではない)が、相続税法が右のような法定相続分課税方式による遺産取得課税方式を採用しているからといって、このことから直ちにすべての相続税納税義務者について、相続開始時を基準とした課税を行うことを予定していると結論するのは余りにも早計で、異なる時点で財産を取得し、担税力の実質も異なる者らに対して、画一的かつ杓子定規に相続開始時を基準として税額計算を行わなければならない理由自体皆無であり、このような画一的処理にとらわれる余り、課税要件の充足前に納税義務の成立を認めるといった重大な論理的矛盾を犯したり、あるいは後記する相続税の基礎控除の関係で著しい不均衡、不合理を招いたりして、財産取得者の担税力に照応した課税を行うとの遺産取得課税方式の根本原則すらも覆滅させることになるのであって、このような矛盾、不合理を犯してまでも相続税法がすべての相続税納税義務者について、相続開始時を基準とした課税を行うことを予定しているものとはとうてい考えられず、原判決の右判示は明らかに誤っている(遺贈により相続財産の一部を取得した者と後日特別縁故者として相続財産の分与を受けた者がいる場合、相続税法一六条に従い相続税の総額を計算することが不可能になると指摘される点も、かかる場合こそ、租税正義の実現のため目的論的に解釈し、遺贈を受けた者の相続税の総額の計算のためには相続開始時の法令により、分与財産の取得者の相続税の総額の計算のためには分与審判の確定時の法令によることとして相対的に考えれば事足りることであって、相続税法もこのような解釈を禁じているものではないから、このような解釈も可能であるし、またこのように解釈すべきものである)。
(5) 本件において、上告人らは、相続開始時説をとった場合、財産分与の審判確定時と相続開始時が異なることによって(しかも、それの異なる期間は本件の場合は、九年余であるが、事案によってはそれよりももっと長い場合も当然ありうる)、財産分与により財産を取得した納税者に相続税法の基礎控除との関係で著しい不均衡、不合理の生ずることを指摘してきた。
これに対し、原判決は財産分与により財産を取得した納税者に基礎控除の点で不利益の生ずることを是認しながらも、一時所得として所得税が課税されていた場合と比較すれば、相続税法が適用される場合の方が税額が低額ですむことになったことおよび基礎控除制度が税額算出過程の一要素に過ぎないことなどを理由に、相続税法の課税体系を否定しなければならないほどの不合理な事態ではないと判示している(第一審判決二三丁表九行目から二四丁裏七行目および第二審判決五丁裏六行目から同九行目)。
しかしながら、そもそも税額の点で有利になったか不利になったかは、一時所得として課税されていた場合とを比較しても無意味であり、等しく相続税法の適用を受ける納税者において、そのうちの或る者には相応した基礎控除が認められ、或る者にはこれが全く認められず、その間に著しい不公平かつ不合理な税額負担の発生することの理由こそ問われるべきであって、原判決の判示はこれに何の解答も与えておらず、上告人らの指摘した基礎控除との関係で不合理が発生することについては、何一つ問題を解決していないのであり、この点基礎控除制度が税額算出過程の一要素に過ぎないといったところで、その不公平さ、不合理さを何ら解消できるものなく、基礎控除の関係で不合理の発生することについて、納得のできる説明がなされない限り、相続開始時説の誤れることは明らかというほかはない。
なお、原判決は「本件財産分与による私法上の財産取得時期が相続開始時から長期間経過したからといって、そのために法三条の二を別異に解すべきではない」とした上で、「因に相続の場合でも、例えば共同相続人間で相続権の存否等について争いがあるため長期間遺産分割が行われず、そのために共同相続人が実質的にみて相続財産を長期間取得できなかったと同視できる場合もあることに思いを致すべきである」旨も判示している(第二審判決五丁表四行目から同一一行目)。
しかしながら、相続又は遺贈は、被相続人の死亡を原因とする財産取得であり、取得財産が抽象的にもせよ当初から予定され、死亡時において確定しているものであるのに対し、財産分与による財産取得の場合には家庭裁判所の審判によって初めて取得者の地位や取得財産が定まるのであって、右判示は本来本質的に性格の違う両者を同列に論ずることに帰着し、不当このうえない。
(6) 以上で明らかなように、原判決は、特別縁故者の財産分与による財産取得の場合には、分与審判の確定時に財産を取得し(したがって、納税義務もその時に成立する)、その課税についても、分与審判の確定時に施行されている相続税法が適用されると解すべきものであるにもかかわらず、国税通則法一五条二号四号、相続税法三条の二の解釈適用を誤った結果、前記の如き結論を導いているのであって、その法令違背は判決の結果に影響を及ぼすことが明らかである。
(上告理由第二点)
原判決には、次の点で判断遺脱による理由不備の違法があり、仮に判断遺脱がないとした場合は、相続税法三条の二の解釈適用を誤っていることが明らかで、これら違法は判決の結果に影響を及ぼすことが明らかである。
(1) 上告人らは、相続税法三条の二が「その与えられた者が、その与えられた時における当該財産の時価に相当する金額を当該財産に係る被相続人から遺贈により取得したものとみなす」と規定しているが、右規定にいう「当該財産の時価に相当する金額」とは、分与審判書記載の財産そのものの時価をさすのか、或いはこれから審判確定時までの訴訟費用等の当然の経費を控除したものをさすのかについて、後者をさす旨原審において主張した。
ところが、これに対し原判決は、「右訴訟費用は相続税法一三条一項各号所定の遺産からの控除の対象となる債務に該当しないことは明らかである」旨判示するのみで(第一審判決二六丁表七、八行目)、右主張に対する判断を殊更に避けている。
(2) 特別縁故者に対する財産分与の審判は、国が自らの調査だけで何らの申立や審判進行なしに偶然的に一定の財産を分与するものではなく、分与申立人が被相続人との縁故の内容・性格・程度・具体的諸事情等すべてを明らかにし、自らが分与を受ける立場にあることを明確に申し述べて裁判所の審理を仰ぐことはもとより、その審理に応じてこれらを逐一明らかにしていく必要があることはいうまでもない。
従って、これに要する経費一切は、既に一定財産の取得が明らかな相続や遺贈の場合の経費とは当初から異なっており、その間の経費一切は言わば審判に至る分与資産形成上要する費用であることは明らかであり、審判の確定によって取得することとなる財産は、審判書記載の財産そのものでなく、右財産を形成するのに不可避的に要した経費一切を右財産から控除したものこそ真の意味での取得財産にほかならず、相続税法三条の二の規定にいう「当該財産の時価に相当する金額」とは単に審判書記載の財産そのものの時価ではなく、財産形成までに不可避的に要した経費の控除を踏まえたうえでの取得財産額をさすことは明らかである。
(3) ところが、原判決は前記のとおりの判示しかしていないのであって、右の点は判決の結果に影響を及ぼす重要な判断事項であるにもかかわらず、この点の判断を遺脱したものであり、仮に万が一そうでなく前記の判示を以てすべての判断がなされているとすれば、明らかに相続税法三条の二の「・・・与えられた時における当該財産の時価に相当する金額」の解釈ならびに適用を誤っているもので、これらの違法もまた判決の結果に影響を及ぼすことは明白である。
よって、原判決破棄の上、さらに相当な判決あらんことを求める次第である。
以上